2007年02月19日

日本のパロディ文化は浅い?

 えっと。
 パロディ文化を形成するのって何なのでしょうかー。
 今日は、そんな話をしたいと思いますー。
 きっかけは、MFCで投稿していただいた、この記事(「パロディー 試される文化の奥深さ」ですー。
 この中では、嘉門達夫兄様の替え歌のケース、オリバー兄様の地下鉄路線図のケース、ドラえもん最終回のケースの三種類の例が挙げられており、全体的には、外国では法律でパロディが認められているのに、日本では認められていない、だから日本の文化は浅いというような論調で書かれているようですー。
 これを読んで、恐らく「日本はパロディに対して寛容でない」という怨嗟の声が広がっているのではないかと思うのですケド、もし、日本がパロディに対して寛容でなく、欧米がパロディに対して寛容なら、どうしてそうなったのかを考える必要があると思うのですー。
 まず、嘉門達夫兄様の替え歌のケースー。
 元歌の作詞・作曲者に加え、歌詞に登場する女性歌手にも許可を求めるという、作品と作者様の両方に対する敬意があり、だからこそ、嘉門達夫兄様の替え歌には理解があり、メドレーを20作もリリースすることができたわけで、嘉門達夫兄様は素晴らしいなーと思いますー。
 じゃあ、オリバー兄様の地下鉄路線図はどうでしょうかー?
 オリバー兄様の言い分を読むと「要請があれば削除する」という点は立派だと思いますケド「競合していない」「利益も得ていない」「東京メトロにとっても宣伝になる」って、「頼まれてもいないのに、タダでお前の宣伝をしてやってるんだ」と言わんばかりの態度には、まったく敬意を感じられないのですケド。
 最後の、ドラえもんの最終回の件はどうでしょうかー。
 たしかに作品に対するリスペクトは感じますし、正直言って小学館様と藤子プロ様に関しては、今までも異常なほどに厳しい取締りをされていたという事実があります(だからこそ、もな兄の「ドラえもんの科学」では、実際に小学館様と藤子プロ様にメールを投げたわけでー。ちなみに、いまだ回答を頂いていません)ー。
 ですから、今回のが最終回というテーマでなかったとしても訴えられた可能性は高いですし、ぶっちゃけやりすぎとは思うのですケド、もなみは藤子F不二雄様が、ドラえもんに関しては最終回を自分で書きたいというようなことをインタビューでおっしゃっていたのを記憶しているのですよ(もしどこかにソースがありましたら、教えてくださいー。たしか岩波書店様の雑誌だったと思います)ー。
 残念ながら藤子F不二雄様は他界されてしまったので、その夢は永遠に叶わなくなったわけですケド、だからといって作者様自らが最終回を書きたいという意思があったのに、勝手に最終回を作るのは、たとえそれがどれほど出来が良かったとしても許されるのかと考えてしまうと、小学館様と藤子プロ様だけを非難する気にはなれないのですよ(もっとも、もし藤子F不二雄様がご健在でしたら、ベトナムの海賊版に対して取られた態度を考えると、笑って許してくれそうな気もしますケド)ー。
 さて、もなみは実はある基準に従って解説を加えましたー。
 それは何かと言いますと、リスペクトが存在するか、特に作者様に対してどうかという点ですー。
 なぜそんなことを言っているかと言うと、そもそも文化というのは提供する側だけのものではなく、受け止める側も揃って、初めて文化となるからですー。
 つまり、作者様やパロディする人だけで文化は形成されず、それを受け止める人々もあってパロディ文化が形成されるということー。
 実は欧米がパロディに対して寛容な理由はそこにあるのですー。
 欧米のパロディは、作品だけではなく、作者様に対してもリスペクトがあるのですー。
 だから、どれだけ優秀なパロディであっても作者様の意向に従わないパロディは人々に受け入れられませんし、パロディした側もあっさり削除するだけの度量が存在しますー。
 そして、そういう、自らに対するリスペクトを感じられる社会が存在するからこそ、作者様もパロディに対して寛容という文化が形成されたのですー。
 じゃあ日本はどうなのでしょうかー?
 日本では、そのリスペクトの対象が主に作品に対してで、作者様に対してまで敬意を払う必要はないと考えられているのではないかと思うのですよねー。
 ですから、作品に対してさえリスペクトしていれば、たとえ作者様の意向に従わなくても問題ない、と考えられており、作者様に対する敬意が感じられないために、作者様が意固地になってパロディに対して不寛容という文化になってしまったと思うわけですー。
 もっとも、これは鶏が先か卵が先かという話で、もしかすると一番最初に不寛容があって、そのせいで作者様に敬意が払われなくなったのカモ知れませんケド、少なくとも一方だけの考えではなく相互作用で文化というレベルまでたどり着いてしまったのは間違いないと思いますー。
 ただ、勘違いしないでほしいのは、これが事実だとしても、もなみは、このことに対して、別に批判も非難もするつもりはないということー。
 だって、日本のパロディ文化を根底から支えていて、日本独自と言ってよいほど発展したエロパロ、やおいパロというのは作者様に対する敬意が無いからこそ誕生しえた偉大な文化なのですからー。
 まー色々反論が出るとは思いますケド、もう少し書いてしまいますとエロパロやおいパロって、これだけ巨大な市場を形成できたというのは世界的に見ても驚異的なことで、欧米では受け入れられない筋のものなのですケド、全ては作者様に対する敬意が存在しないからこそできたパロディ文化で、それを受け入れられる社会が存在するからこそ誕生できたものなのですよー。
 そろそろまとめますと、元記事で書かれた事例は、欧米基準で考えれば全て納得の行く話ですー。
 でも、日本では納得できない話であり、怒って当然のものでもあるのですー。
 その違いは「作者様に対して敬意のある文化かそうでない文化か」という文化の違いで、その文化の質が違う以上、比較することはできないのですー。

 だから、もなQは、それが欧米標準・・・デファクトスタンダードではないからといって、日本のパロディ文化が浅いなんて言わないでほしいと思いますー。
posted by もなみ9歳 at 13:51| Comment(14) | TrackBack(0) | もな見
この記事へのコメント
パロはコボちゃんのが好き
Posted by at 2007年02月20日 00:05
こんなところにも1ゲッター?
Posted by at 2007年02月20日 00:19
映画とか、プロマンガとかのパロディは事前に制作会社、出版社に許可を取り付けて製作するのが普通ですからねえ。

エロ同人誌、やおい同人誌はどう考えても出版社側で許可を出せるような内容じゃないですし、(エロゲの場合は、オタクによる炎上を恐れて、全許可するのが普通)こればかりは、パロディした側も、問題が起きたら引き下がる態度があってこそ、もなみ様の言うとおり、パロディが存在できるジャンルなのでしょうね。

うちのマンガやゲームは同人誌製作を許可しません、とサイトで書くと「こいつはオタク文化を解ってない日本文化の敵だ」と反応するのは、やっぱりおかしいと思います。
Posted by at 2007年02月20日 09:57
アメリカでもスラッシュと呼ばれる同性愛パロディやエロパロもあるでしょ
Posted by at 2007年02月21日 03:17
何事にも例外はあるだろ
Posted by at 2007年02月21日 08:46
>>もなみは、このことに対して、別に批判も非難もするつもりはないということー
(抜き出しです)

正直、その逃げ腰と見せかけるような守りの姿勢はどうかと思う人も世の中にはいると思います。私は別に批判も非難もするつもりは無いですが、、
Posted by at 2007年02月21日 23:05
>欧米のパロディは、作品だけではなく、作者様に対してもリスペクトがある

この文章はどっから出てきたわけ?
何か具体的な事例や、欧米のパロディ文化に関する論文でも読んだんですか?
正直、反論するための無根拠な思い込みにしか思えませんが。
Posted by at 2007年02月22日 17:00
米国にパロディを認めるという条文は無い。
フェアユースは批評、解説、ニュース報道、教授、研究、調査に限定されている。
フランスの著作権法には122条の5-4でパロディを認めているが、その分野の慣習を考慮するという但し書きがある。
元記事に錯誤が存在している以上、もなみさんの書いた記事にも錯誤があるのではないかと思われる。
Posted by at 2007年02月22日 17:19
もなみちゃん、「fanfiction」でググってみなよ。
エロパロやおいパロがいっぱいなアメリカのファンダムのことがわかるから。
(やってみたらfanfiction の検索結果 約 7,330,000だったよ)

アメリカさいしょの同人誌は1967年発行だそうだけど、エロだったかどうかはわかんない。
ちなみに、「やおい」とおんなじ意味の英語は、PWP(Porn without Plot とPlot? What Plot?のふたつの説があるみたい)
日本のやおいから来たコトバじゃないよ。日本の同人誌があっちで知られる前からあるからね。
ていうか、こういうことぜんぶ英語wikipediaにかいてあるからよんでみたら?

さいきんは日本のマンガやアニメがいっぱい入ってきたおかげで、fanfictionもイジるターゲットがふえてあちらのファンも大喜びみたいよ。
Posted by まちゃこ11歳 at 2007年02月25日 07:49
アメリカのPWPてあくまでundergroundの世界で、publicじゃないからなぁ
普通の本屋でエロパロ買えてしまう日本とは違うんじゃない??
Posted by at 2007年02月25日 08:26
↑えーと、まちゃこ11歳にお返事くれてるのかな?ありがとね。

まちゃこはもなみちゃんの「日本独自と言ってよいほど発展したエロパロ、やおいパロ」の「日本独自と言ってよい」のぶぶんに「?」ってなっちゃって投稿したので、同人誌の流通メディアのちがいを言ってるんじゃなかったけど‥かんちがいさせちゃったのだったらゴメンね。

でもせっかく話しかけてくれたので、お返事しますね。もなみちゃん、場所おかりしま〜す。

まちゃこはamazonがネットで本屋さんを始めたつぎの年に生まれたから、本ってネットで買うものだとおもってたの。

だからネットが、まちゃこにはpublicなわけ。
そのうえ、「fanfiction」でググった結果は上にかいたとおりで、「コミケ」の約 4,700,000 件、「同人誌」の約 3,350,000 件よりはるかに多かったから、なおさらだったんです〜。

日本の同人作家さんてえらいとおもうよ。アメリカならfanfiction net.にただでUPして世界中のみんなに感想もらえてたのしい〜♪ですむけど日本だとお金かけて印刷するんでしょ?
でもって、流通のナローな書店販売でしょ。
なんかガッツがちがうよ、すごいです〜。

でも日本はマンガ形式の同人作品が多いからそうなのかもですね。
文章は本で読もうがモニタで読もうがかわりないもんね。

いっぱいはなしちゃった。もなみちゃん、再度ごめんなさ〜い。
Posted by まちゃこ11歳 at 2007年02月26日 00:56
外国の普通の本屋でエロパロ・やおいパロを扱ってないのは
宗教や法律が厳しいからってのも少なからずあると思うんだけどどうだろう
Posted by e at 2007年02月26日 03:12
>e氏
無修正ポルノ出回ってるんだからアニメだから駄目ってことはないんじゃない?
イスラム教では偶像崇拝になりかねんので駄目か
あ、その前にポルノ全般駄目だった
Posted by at 2007年02月26日 10:12
>eさん
いまお話のエロパロ等がコミック形式のものとしてお話しますね。
アメリカでふつうのちゃんとした本屋ではアメコミすら売ってないです〜。
(さいきんはどうかなあ?まちゃこが生まれるまえに、まちゃこの中の人がステイしてたときはそうでした)

そのりゆうは、ここをよんでね。(かってにリンクです、ごめんなさい〜)

http://animeanime.jp/biz/archives/2005/09/99.html

あと、ここの↓
http://www.shuppan.jp/houkoku/ryutu.html
II.「日本の書店とアメリカの書店の違い」
とか。

ふつうの本屋さんで買えるコミックは、「芸術性の高い」たとえばフランスのバンドデシネの英語訳がアートブックの棚で‥とかでした。
(まちゃこの中の人がいたときは)

あと、ポルノ本とかビデオとかはポルノショップのかんかつでしたよ〜。
Posted by まちゃこ11歳 at 2007年02月27日 16:21
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